金延幸子「マリアンヌ」愚 1970〜音楽が純文学だった頃〜DJが選ぶ今日の一曲

 

金延幸子「マリアンヌ」愚 1970〜音楽が純文学だった頃〜DJが選ぶ今日の一曲

 

金延幸子・中川イサト・瀬尾一二・松田幸一、という音楽家の素晴らしさ
1969年の音楽は純文学
レコードを掘るという行為について

 

 

これまで何千枚というレコードを聴いてきました。

いわゆるFREE SOUL、渋谷系の時代からクラブDJをやってきました。

そんな僕が、

アメリカ、イギリス、ブラジル、その他さまざまな国々。そして日本。

さまざまな国の、さまざまな時代のレコードの中から、渾身の1曲を選んでお届けするシリーズを始めることにしました。

ということで、

今日の一曲は、

 

愚 マリアンヌ 1970

 

たぶん、日本語で書かれた楽曲の、最高峰のひとつです。

何がすごいって、すべてがすごいのです。

すべてが完璧に組み合わさって、誰もがなし得ない高みに到達しているのです。

前衛的でもあり

文学的でもあり

音楽的でもあり

伝統的でもある音楽

 

1970年、っていう年のもつパワーが、こんなにも素晴らしく、はかなく、優しく、怖い名曲を生み出したのだろうと思います。

実は、僕は、この曲のシングルをずっと持っていました。

平成初期時代に、レコ堀り旅行で初めて訪れた、北関東のリサイクル屋さん、というか、

もっと凄まじい雰囲気の、廃品回収業者の倉庫、百歩譲って、昭和の古道具屋さん、といった、カオスすぎる店内の、

奥の奥の、そのまた奥の、

カビくさく、ホコリっぽい、まさにレコードの墓場のようなところの、

段ボール箱に無造作に詰め込まれたレコードの山、というかクズの山を、

言葉通り、掘っていたら、

突然、このレコードに出会ったのです。

ジャケットを見た時、身体中に電気が走りました。

ただモノではない雰囲気が、すでに漂っていました。

もちろん、その時は、このレコードが本当のお宝か、はたまた、期待外れのクズレコか、の情報はまったくなかったのですが、

長年のレコ堀りで鍛えたアンテナが、ビビビ、と強く反応したのです。

今だったら、スマホ片手にググれば、すぐに情報が出てきて、相場さえ出てきて、瞬時にどのぐらいの価値のレコードか分かるのですが、

平成初期は、まだ勘と足でしか、良いレコードに巡り合うことのできない、すごーく、

心の底から、すごく、

しあわせな時代

でした。

震える手でつまみ出すと、それでも平静を装いながら、墓場から救出しておいた他のシングル、和田アキコとか、オーヤンフィフィとか、アグネス・チャンとか、

そんなシングルの間に挟んで、一目散にレジを目指しました。

そして、レジ奥でタバコを蒸しながら、汚れたソファにふんぞり返ってテレビを見ていたリサイクル屋のおっさんに、差し出しました。

「えっと、シングルレコードっていくらでしたっけ?」

バクバクする気持ちを抑えながら、あくまで、さりげなくそう聞きました。

もちろん、知ってはいたのです。

なぜならレコード墓場には、

 

LP300円   シングル30円

 

と殴り書きした段ボールの切れ端が置いてあったからです。

 

ところで、リサイクル屋のおっさんには概ね、二種類のタイプがあります。

ひとつが、とにかく、しつこいぐらい、愛想のいい、話し好きタイプのおっさん。

「お兄ちゃん、どっから来たの?」とか、「あっちにもレコードあるから、見てみな」とか、

「昔はレコードよく聴いたけど、もうプレーヤーもないしねえ、若いのにレコード欲しいなんて、物好きだねえ。あっちにCDあるから、そっちのほうがいいんでないかい」

とか、とにかくいらないことをたくさん話しかけてきます。

レコードバブルが起こるずっとずっと前のことです。

誰もが、これからはCDの時代だ、と思っていて、レコードは、完全にオワコン、粗大ゴミ、という時代でした。

しかも70年代、80年代の邦楽レコードなんて、二束三文どころか、お金払って持っていってもらうような時代でした。

大貫妙子を求めて、

菊池桃子を求めて、

ワモノブギー求めて、

世界中のDJが渋谷に集まってくる時代が来るなんて、誰もが、夢にさえ思っていなかった、そんな時代でした。

そう。

レコードは、単なるゴミ、だったのです。

さて。

リサイクル屋のおっさんのタイプの話に戻ります。

もうひとつのタイプは、

いわゆる裏稼業から足を洗って、リサイクル屋をやっているような、

眉間に傷がありそうな、スキンヘッドで、腹が恐ろしいぐらい出っ張っているタイプ。

こちらは、とにかく無愛想で、値段を聞くのも、躊躇する、ある種の緊迫感を眉間に漂わせています。

その時は、完全に後者のタイプでした。

「ニイさん。書いてあったと思うけど、な!

そのスキンヘッドが、面倒臭そうに言いました。

しかも、語尾が、やたらと怖い な!

「は、は、はい。シングルは、30円、、、」

するとスキンヘッドが、ギロリと睨みました。

知ってるなら聞くな、馬鹿野郎、と、鋭い眼光が、無言で語っています。

僕はおずおずと6枚のシングルを手渡しました。

3枚目のオーヤンフィフィと4枚目のアグネス・チャンの間に、あの燦然と輝く「愚」を挟んで。

スキンヘッドは、ぞんざいに数を確認して、ギロリともう一度、僕を睨め回すと、

「180円」

とぶっきらぼうに言いました。

慌てて200円を渡し、心の中では、釣りはいらないから、早く店を出たい、と呟きながらも、けれどそんなことは言い出せるはずもなく、静かに20円の釣りをスキンヘッドが取り出すのを見守っていました。

スキンヘッドが、突然、声を上げました。

えっ?

心が張り裂けそうになりました。

 

さて。

僕の、レコードを見つけた瞬間から、

この「」までの、行動心理を解説したいと思います。

レコードを掘ったことのあるヒトなら分かると思いますが、

つまり、

こんなお宝が、たったの30円で、いいのだろうか、

という震えるような疑念と、

買いたい、是が非でも買って、持ち帰りたい。

という心理が、入り混じった挙句の行動だったわけです。

つまり、とにかく、この破格の値段が変わらぬうちに、一刻も早く、買って、自分のモノにしたい、

という心理です。

一番恐れることは、

精算する段になって、

「あ、これは、30円じゃないわ。これはけっこう価値のあるものだから、

5万円

と言われることです。

 

だいたいにおいて、こういった店は、値段があってないようなものです。

店主が100円といえば、100円だし、1万円といえば1万円、という世界です。

それが嫌なら、買わなくてもけっこう、という世界です。

だから、お宝レコードを破格で見つけた時などは、精算して、店を出て、フルダッシュで1kmぐらい走って、

お店のヒトが追ってこないのを確認してから、ようやく、ほっとするのです。

ですから、レジでの、最後の最後の、スキンヘッドの、「」で、僕の心臓は止まったのです。

え?

やっぱり?

これは価値あるやつ…?

だから30円じゃ売れないって?

1万円?

10万円?

それとも、まさか、まさか、売ってくれない、とか?

けれどスキンヘッドは、こう言ったのです。

「ニイさん。うちは良心的な店だから

消費税は、取らないぜ

 

 

そんなわけで、この日本の音楽史上、最高の名曲、極めてレアなシングルを、僕は、たったの 30円 でゲットしたのでした。

 

 

今はもう手元にないのですが。

 

 

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