WEB/STORY「哀しき70’s Kids」ch.3

 

WEB/STORY「哀しき70’s Kids」ch.3

 

「とってもイライラしているんだ。とっても」

 

…毎日じめじめとした梅雨空で、こういう季節は心まで沈んでしまうね。

そんな時は、そう、アメリカンベスト40を聞いてロスの青い空に思いを馳せてほしい。

今週もいよいよベスト3を残すのみとなった。

 

 

chapter.2

ch.2

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「とってもイライラしているんだ。とっても」

 

 

 

どの曲がウィナーだろう?

ラジオの前のキミ、どうだい? ワクワクしないか? 僕はとてもワクワクしている。

じゃあ、いってみよう!

毎週決まった時間に君の部屋までアメリカの空気を運ぶアメリカンベスト40、ベストスリーの発表だ。

 

今週の第3位!

そうそう、この曲だ、まさに孤高のシンガー、心休まる歌声をしっかり聴いてくれ。

マイケル・マーフィー! 『ワイルド・ファイヤー』!

 

ふむふむ、このいかにも西部男の挽歌といった歌が3位か、

しかし彼にしろ、ちょっと前に流行ったフィービ・スノウにしろ、我がリンダ・ロンシュタットにしろ、なんていうんだろう、やっぱり乾いているぜ。この乾き方はアメリカンシンガーの特権のようなものだ。

なぜだろう?

でも、たぶんそれがアメリカなんだ。

アメリカ、か。

溜め息をついた。

机の周りを見渡した。

正面は教科書と参考書。右側には本棚、ほとんど埋まっているがその大半はマンガである。

梅図かずお「笑い仮面」に手塚治虫「バンパイヤ」。石森章太郎「サイボーグ009」。

もちろん梶原一騎、「巨人の星」も「タイガーマスク」も「明日のジョー」もある。左側隅っこには、今聴いているラジオ。

夜中スタンドだけを点けて勉強をしていると、明かりに照らされたスペースだけが自分の世界のような気がしてくる。

この狭いスペースに閉じ込められ、椅子に縛り付けられ一生を終えるのではないかとふと怖くなることがある。

振り向くとすすけた六畳の部屋が広がっているし、窓を開ければ、田園風景が月明りに照らされている。遠くから電車の音が聞こえるし、犬の遠吠えも聞こえる。

そう。

僕は今、1975年の日本に、間違いなく生きている。

でも。

なんか違う。

閉じ込められている。

この空気は嫌いだ。

違う空気に触れたい。

と思っても、僕の求めている空気というのはいったいどんな空気なんだ、といわれると、それはよくわからない。

『アメリカンベスト40』 に流れている空気のような? それは開いているようにも感じるが。でも?

そんなことを考えていたらすでに番組が終わっていた。

今日も1位はキャプテン&テニール『愛ある限り』。

リンダは惜しくも第2位。

 

ラジオを切り、チャート表をつけ、階下に降りていく。

父も母も祖母も姉もすでに夕食を食べはじめている。

今日のおかずはコロッケと千切りキャベツ、イモのにっころがし、豆腐の味噌汁とごはんである。

コロッケに盛大にソースをかけ、口へ運んだ。

うまい。

山本精肉店のコロッケはワラジなみの大きさで、たっぷりのじゃがいもと挽き肉が詰まっている。衣もサクサクときれいな黄金色に揚がっていて、僕は無人島にひとりだけ連れていってもよいといわれれば、山本精肉店のオヤジを連れていくだろう。毎日コロッケをあげてもらうのだ。

そんなことを考えながらコロッケ一個の幸せにひたっていると、父がブスっとした表情で言った。

「決まったか」

またその話か。

「いや」

ぶっきらぼうに答える。

「早く決めるにこしたことないぞ」

父もぶっきらぼうに返した。

「そうよ、あんた、早くきめないと。ここはまだ田舎だからのんびりしてるけれど、都会じゃこうはいきませんよ」

母がここぞとばかりにたたみかける。

「今はねえ、小学生から塾漬けなんだって、東京じゃ。あんた、よかったねえ、東京の中学生じゃなくて」姉もいやみったらしく言う。

黙々とごはんを口に運ぶ。味噌汁で口のなかのものを流し込むとごちそうさまも言わずに席を立った。

二階の自分の部屋に戻るとレコード棚の前に座った。

イライラしていた。

レコード棚を探って『ジョンの魂』を取り出す。

ジャケットをしげしげと眺め、父から譲り受けた家具調ステレオのふたを開けレコードをターンテーブルに乗せた。

このステレオ、スピーカーが4つもある。4チャンネルというやつだ。

さぞかしいい音だと思うだろうが、実はぜんぜんよくない。音がモコモコしているのだ。

コンポが欲しいな、と思った。

ピカピカにひかる銀色のコンポである。ベルト・ドライブではなくダイレクト・ドライブのプレーヤーである。大出力のアンプに感度のよいチューナー、カセットデッキまでついていて、ひとつひとつが別々になっているコンポーネント・ステレオである。

レコードに針を落とすと電気屋を回って集めてきたステレオのカタログを机の下の方から引っ張り出した。

やっぱりソニーがいいな、なんたって音が良さそうだもんな、でもかっこいいのはテクニクスかトリオだ、いや、ヤマハもいい、スピーカーの紙が白いところがオシャレだぜ、うーん、こんなステレオでジョン・レノンを聴くとどんな音がするのだろう。

ステレオのカタログを眺め終えると今度は楽器のカタログを本棚から取り出す。

旅人町唯一の楽器店、棚橋楽器店から拝借してきたものである。

そこにもまばゆいばかりの世界が広がっている。

ピッカピカのエレキギター。

グレコ、ギブソン、フェンダー、ヤマハ、マーチン、グヤ、フェルナンデス。

どれもこれもとても素敵な形をしていて素敵な色をしている。

たぶんすごくいい音がするに違いない。すごく弾きやすいに違いない。色とりどりのギターが紙の上から買ってくださいと囁いている。

そうだな、どれにしよう? リッチー・ブラックモアのストラトか、ジミーペイジのレスポールか、はたまたジョン・レノンのリッケンバッカーか、いやいや迷う、迷う。

そういえば棚橋楽器店に吊してあったフェルナンデスのストラトモデルは5万だった。

5万か。

バイトしなくちゃ。

でもそれもこれもすべて高校に入ってからの話だ。

ああ、また思い出してしまった。

するとまたイライラしはじめた。

せっかく忘れていたのに。

高校受験を考えると途端にイライラしてくる。

さっきみたいに親からいわれれば余計だ。

そんな時は無性にこの『ジョンの魂』が聴きたくなる。これを聴くとすうっと心が落ち着く。イライラした気分が静まる。

けれど聴き続けるうちに今度はムズムズしてくる。聴いているうちに自分は何をしているのだろうと思ってしまう。これから何をしたらよいのだろうか、と考えてしまう。

そう、未来だ。

何をする人になるか、そんなことだ。

まずは高校に入る。たぶん入るだろう。

でもどこの高校だろう。親は東高へ行けという。県庁所在地にある屈指の進学男子校だ。

けれどそこに入れば、次はいい大学へ行け、と言われるだろう。

父は言う。いいか、大学さえ、それもいい大学さえ出ておけば、あとは自分の好きなことができると。選択枝が広がると、そう言う。お父さんは高卒だからそういうことはよくわかる。だから、好きなことをしたいなら、ともかく今は一生懸命勉強しろ。

母も言う。いい高校やいい大学へ行ってくれれば、私も近所に自慢できるよ、と。

本当にそうだろうか。

好きなことをするために今は好きなことをガマンする。

近所に自慢するために今はバンドもやらず女の子ともつき合わずジョン・レノンも聴かない。本当にそれで将来幸せになれるのだろうか。

そういうことを考えるとどうしてもムズムズしてくるのだった。

いても立ってもいられなくなった。ジョン・レノンが叫んでいた。

何かしろ、何かしろ、と。

時計を見た。午後6時30分だった。

レコードを止め、階段をかけ降りると、茶の間でテレビを見ていたみんなに、ちょっと行ってくらあ、と声をかけて僕は表に飛び出した。

 

「蕪谷樹一郎。。。不思議な転校生」

 

 

自転車に飛び乗ると畦道を吹っ飛ばして町を目指した。

山の上にまん丸の月が出ている。漕いでも漕いでもその月は僕の右側にへばりついている。

汗が吹き出す頃、ようやく町に着いた。

自転車を停め、さて、と思った。

さて、どこへ行こうか。

どこかの店に入ってブラブラしよう、そう思った。

考えられるのはスーパーか本屋かレコード屋だった。

けれどスーパーは7時には閉まってしまうし、レコード屋はこの前、覗いたばかりだった。

結局本屋にした。

町で一番大きな本屋は駅前にある。興文堂という名の本屋だ。僕は店の前に自転車を止め店内に足を踏み入れた。

すると驚いた。やつがいたのだ。例の、蕪谷樹一郎が。

彼はあの転校騒ぎ以来、一度も登校していなかった。

転校と同時に不登校、という伝説を早くも作りつつある男なのだった。

 

その蕪谷が、今、目の前にいる。一心に雑誌を読んでいる。

血管がドクドクしてきた。

見れば見るほど美しい。均整の取れた体、彫りが深く端正な、でもどこか愛らしい横顔、真っ白なTシャツから覗くすらりとした腕、すべてのパーツは美の女神によって注意深く選り分けられあるべきところにきちんと収まっている。美の黄金分割にきっちり沿っている。

しかもとても大人っぽい。中学生にはとても見えない。

東京の中学生はみんなこんなふうに大人っぽいのだろうか。

服装もそうだ。

さりげない白のTシャツにジーンズ姿なのだが、無造作に着ているといった感じではない。

いや無造作に見えるのだが、とても考えられた無造作というか、無造作を装っても自然とにじみ出す、たぐいまれなセンスとでもいうか。

ちなみに僕が着ているのは学校のジャージである。紺色のよれよれのやつである。

胸にマジックで旅人南中3年2組、岸田誠と書いてある名札がデンと貼ってある。

でもこれがこの町では普通なのである。中学生はほとんどみんなこのジャージで一日を過ごすのである。

学校はもちろん、買い物も、家でくつろぐ時もこれを着て過ごすのである。

もしかしたらそのまま寝てしまうやつもいるかもしれない。一年中同じジャージを着っぱなしという強者もいないともかぎらない。

確かに一度着だすとけっこう手放せないものでは、ある。着心地も悪くないし、なんといっても着こなしに気を配る必要がない。

そんなわけで旅人町では、中学生といえばジャージ、と相場が決まっているのだった。

けれど彼は違う。オシャレである。

そんなことを考えていたら、ひょいと目が合ってしまった。

鋭い目だった。

そらそうにもそらすことのできない目だった。

そのまましばらく目を合わせていた。

突然、蕪谷の表情が崩れた。

笑ったのだ。

例の、誰をも魅了する無垢な笑顔。未来永劫、見ていたい笑顔。

けれども彼は、その天使の笑顔とは真逆な行為に出たのだ。

手に持っていた雑誌をヒョイと自分のリュックの中に入れてしまったのだ。

平然とした足取りで、レジ奥で本を読んでいるおばはんの前を堂々と通りすぎ、外に出ていってしまったのだ。

 

万引きである。

 

慌てて店を出ると、月明りの中、自転車で立ち去る蕪谷の後ろ姿が見えた。

後を追う。

蕪谷は川沿いの土手道を、町外れへと向かっている。

人家がほとんどないところまでやってくると、蕪谷はようやく自転車を停めた。

闇と夜空だけしかない場所。遠くにぼんやり町の灯りが点っている。

蕪谷が河原へと降りていく。

さて、と思った。

さて、どうしようか、このまま帰ろうか、それとも彼を追って河原に降りていこうか。

すでに蕪谷は大きな岩の上に座っている。微動だにしない。

ひんやりとした空気。ひんやりとした月の明かり。ひんやりとした蕪谷のシルエット。

「星の王子様」の薔薇のような、孤高のシルエット。

 

決心して河原を降りていった。

蕪谷が僕を見た。

 

ナンノ用ダ? キシダ、マコト。

 

ドキっとした。なんで俺の名前を知ってる?

「でっかい名札つけて、それじゃあ何にも悪いこと、できないな」

蕪谷のしゃべり方はさらさらしていて、イントネーションがヘンで、まるで機械のようだった。

彼の瞳が真冬のサイダーのように冷たく痛く僕を刺してくる。

その痛さを払いのけるように、気合を込めて、言った。

「蕪谷、おまえ、東京じゃあ、学校、行ってなかったんだってな」

一気に続けた。

「おまえ、学校にもこないで、いったい何してるんだ。毎日」

蕪谷の瞳がさらに凍った。背筋がゾクッとした。

「だから田舎もんはリベラルじゃないっていうんだ」

「リベラル?」ポカンとする僕に彼は小さく首を振った。

「…まあ、おまえには一生理解不能なことだ」

あまりに頭にきたからこう言ってやった。

「おまえ、学校にきたら絶対いじめられるぞ」

「あの、猿みたいなキーキー男にか?」

佐島がこれを聞いたら日本の湖どころかネス湖に沈めて恐竜のエサにしてやる、と言い出すに決まっている。

「とにかく、な。おまえ、学校に来い」

「じゃあ訊く。キシダ、おまえは、なぜ学校に行く?」

なぜ? と訊かれても…。

「それは…行くに決まってるからだ」

「なぜ決まってる?」

「それは高校に行けないからだろ。中学校に行かないと」

蕪谷が笑った。ああ、これだ。世界中のすべてをとりこにする笑顔。

「キシダ、じゃあ、なぜ高校に行く?」

「それは…それは…大学に行けないからだろ。高校に行かないと」

そこで蕪谷は、急激に絶品の笑顔を消滅させた。

「キシダマコト。おまえはバカだ。本当にバカだ。正真正銘のバカだ」

バカを連呼され、再びムカムカしてきた。

「おまえ、さっき万引きしたろ」最終兵器を投入した。

「先生に言いつける」

彼はリュックから雑誌を取り出して、ポン、と石の上に置いた。

「見たけりゃ、見ていいぞ」

ペラペラの紙で出来た雑誌だった。

目が覚めるような黄色の表紙に『新情報マガジン ウインドブロウ 創刊号』とある。

サブタイトルとでもいうのか『気分はもう海!』という惹句がスタンプのように刻印されている。

パラパラめくってみるとカタログのようにモノの写真が所狭しとレイアウトされていた。

ジーンズ、Tシャツ、シューズ、スポーツ用品もあった。スケートボード、サーフボード、カヌー。

値段とお店と簡単な紹介文。少しばかりのコラム。アメリカ西海岸の情報。

それだけだった。

初めて見る、とにかく不思議な雰囲気の雑誌だった。

すごく自由な感じがしていい意味で軽い感じがして、僕はその何ともいえない雰囲気に魅了されいつしか隣の蕪谷の存在も忘れ夢中でページを繰っていた。

あるページで手が止まった。

Tシャツにジーンズ姿の蕪谷が例の一級品の笑顔を浮かべてポーズを取っている。

ページ下にはTシャツとジーンズのブランド名と値段、売っている店の名前。

「おまえ、モデルだったのか」

蕪谷は僕の驚きを無視して、まったく別のことを言った。

「この本を待ち望んでいた」

「は?」

「でもこの本を憎んでいる」

「は? は?」僕が混乱していると、蕪谷はさらに謎めいたことを口にした。

「怖いんだ」

「はあ?」

「おまえは怖くないか? キシダ。おまえ、怖くないか」

不思議な気配を感じて、見ると蕪谷は泣いていた。

「おい。なんで泣いてるんだ?」

でもそれきりだった。

彼は黙ったままだった。

だから僕も黙った。

時間がただ静かに過ぎていった。

彼は涙を流し続けていた。

どう言葉をかけていいかわからなかった。

彼の涙の意味がまったくわからなかった。

僕が混乱していると、蕪谷はさらに謎めいたことをつぶやいた。

「鳴ってる」

「えっ?」

「キシダ、聞こえないか、川の音。鳴ってるだろ」

言われてみると確かに川の音が聞こえてきた。

チリンチリンという音だっった。

カツンカツンという音だった。

川底で鈴や石が遊びまわっているような音だった。

こんなふうに川が鳴っていることに今まで、まったく気づかなかった。

闇はどんよりと黒く対岸のシルエットは飛び立つミミズクのようだった。

その上にまっさらな星空があった。無数の星が瞬いていた。

今日は空気が澄んでいるのか、それともここではいつもそうなのか、とにかく空いっぱいに星が散らばっていた。一際大きな星が揺らぐと他の星も一斉に従った。

きれいだった。

河原の星空がこんなにきれいだ、ということにも、今まで、まったく気づかなかった。

「怖い」またもや蕪谷がつぶやいた。

蕪谷を見た。

彼の瞳は何も見てなかった。

無限の宇宙にぽっかりと浮かぶピンポン玉のようにつるんとした瞳だった。

どこにも焦点が合っていなかった。

「ど、どうしたんだ? 蕪谷。おまえ、ヘン、だ」

彼は一旦、目を伏せ、もう一度顔を上げると言った。

「どう、ヘン、なんだ?」

僕は彼の瞳をもう一度覗き込んだ。

「悲しそうだ。すごく悲しそうだ」

僕がそう言うと彼は少し笑ったようだった。

「そうか、悲しそうか」

でもそれきりだった。

彼は黙った。

だから僕も黙った。

しばらくして僕は立ち上がった。帰る、と告げた。返事はなかった。

土手を上がり、もう一度振り返ると彼はまだ川を見つめていた。

たったひとりで身じろぎもせずまっすぐ川を見ていた。

闇の中、Tシャツが妙に白く浮かびあがっていた。

 

ヘンなやつ。

 

声に出して言ってみた。

 

大きな星がゆらいで、他の星がそれに続くだけだった。

 

 

 

chapter.4

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