WEB/STORY「哀しき70’s Kids」ch.6

WEB/STORY「哀しき70’s Kids」ch.6

 

 

「すごいことが起こった。奇跡のようなこと。そして謎は深まる」

 

 

いやあ、暑くなったね、そろそろ梅雨も終りだ。すると夏がやってくる。ボーイズミーツガールズ、新たな出会いのシーズンがやってくるわけだ。

キミの夏も、そんな心踊る熱い夏になるといいね。心優しきDJの僕はいつもスタジオからそれを祈っている。

さあ、そろそろいいかな? 今週も熱い熱いチャートの戦いが繰り広げられる時間がやってきた。心の準備はいいかい?

さてじゃあ、いこう!

アメリカンベスト40! スタート!

 

chaper.5

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畳に寝転んでラジオを聴いている。

空気の端々から夏の香りが感じられる土曜の昼下がり。

先週のベストワンはまだまだ強い『愛ある限り』。

とはいえ、下のチャートがおもしろくなってきた。

お気に入りは11位の『アイム・ノット・イン・ラブ』10CC、9位につけたイーグルス『呪われた夜』。

さてこの二曲、今週はいったい何位になっているのだろう?

そんなことを考えていたらDJが意味深な葉書を読み始めた。

急激に体中が耳になった。

 

 

さて、ここでひとつ葉書を読むことにしよう。

ペンネーム、『道をなくした者』さんからだ。

かっこいいペンネームだね。

『道をなくした者』か。

まるでかつての僕みたいじゃないか。

僕も、あるとき、道をなくした。

で、仕方なくこの家業についたわけ。

あ、仕方なくっていうのは、ちょっと言い過ぎだ。

DJは素晴らしいよ。

毎週、ゴキゲンな音楽が聴けるからね。

じゃあ、読んでみよう。

 

『道をなくした者』さんからの葉書だ。

 

一枚の写真。

ずっと昔の写真。

ありふれた白黒の写真。

一本道の写真。道の両側に、いくつかの家。それだけの写真。

 

僕の愛した彼女は、言った。

「この道は私」と。

「私?」

「そう私」

「どういうこと?」

「そのまま。この道は私。哀しい私」

その意味をいつか、話してくれると思った

だが、彼女は、もういない。

彼女は、逝ってしまった。

僕と写真だけを残して。

 

だから知りたい。

この道がどこにあるのか、を。

なぜ、この道が彼女で、なぜ、この道が哀しいか、を。

 

旅に出よう。

本当の旅に。

道を捜す旅に。

僕は旅人になるんだ。

 

この道に立てば

嘘でないこの道に立てば

その意味がわかる。

絶対にわかる。

もう一度感じることができる。

彼女のぬくもりを。

 

 

こんな内容だ。

ふうん、これだけだとちょっとよくわからないね。でも意味シンであることは確かだね。

彼女はどうやら亡くなったらしい。そうか。たとえようないほどの悲しみだったはずだ。

なるほど。彼の言っている道は隠喩ではなくて、本当の道らしいね。

道か。道も星の数ほどあるからね。捜し出すのはけっこう難しいかもしれない。でも、道を見つける、という行為にはロマンを感じる。旅人になるのもそう。ロマンを感じる。

ただし、まだ、何かある。

本当の旅、嘘の道、か。

うーん。

ま、とにかく、応援してるぜ。『道をなくした者』クン。

ぜひ見つけてくれ。道を。本当の道を。

そうして、その道に立ってなぜ彼女が彼女が道なのか、なぜ哀しいのか、そのことを全身で感じてくれ。

 

じゃあ、チャートに戻ろう。今週の第6位は!

 

10CC『アイム・ノット・イン・ラブ』が流れている。この曲も生まれた瞬間から名曲だ。いつかは1位になるだろう。

とはいえ、この葉書。『道をなくした者』は、まるで蕪谷じゃないか。

蕪谷も、道を捜していた。写真の場所を捜していた。

数日前のことだった。

 

 

その日、僕達三年生は全員体育館に集められていた。

「えー、おまえら、よおく聞け!」

生徒指導兼体育教師兼野球部顧問兼三年学年主任、吉田三郎が怒鳴っている。いつも学校中を竹刀片手に巡視している、きわめて融通のきかない教師である。

「えー、いいか、聞け!

おまえらはそのうち修学旅行に行く。

で、だ。おまえらはとにかく旅人南中学の生徒として恥ずかしくない行動を取らなければならない。

そこでです。まんず駅前集合は6時です。くれぐれも遅れないように。

それから注意事項をいくつか。小遣いの額は絶対守るように。ジイチャン、バアチャンから小遣いもらっても全部持ってこないように。おまえらは東京の上野ちゅう駅で電車に乗り換える。

東京っちゃ街は都会だから悪い人がうじゃうじゃいます。ちゅうことはせっかく持っていった金を盗まれても先生は知ったこっちゃありません。ちゅうことで財布はできれば制服の後ろに縫いつけておくのがよいでしょう」

あきれてしまった。

常体と敬体の入り交じった実に頭の悪い話し方である。

この吉田という教師、噂によると漢字が書けないらしい。

だから保健体育の授業をやらなければならない場合、自分の自慢話、たとえば大学時代柔道の選手としていかに自分が強かったか、いかに女子生徒にもてたか、なんて下らない話を延々50分も続けるのだ。絶対に黒板に字を書かないのである。

「えー、そんで、君達は、東京から新幹線に乗って、そんで京都に二泊します。

もちろん、みんなは担任にいろんな注意を受けてると思うが、とにかく、無駄なものは持ってこない、ケンカをしない、勝手な行動をしない、その三つを守らないやつが一人でもいたら、この吉田が絶対に許さない。

特に九州の中学生は怖いです。

去年もこの学校でツッパッていたバカが九州の中学生に囲まれてボコボコにされた。いい気味です、いや、とてもかわいそうだったです。だから君達もけっして生意気なカッコをしてはいけない。

たとえばカラーの高い制服、たとえば太いズボン、たとえばソリのはいったボーズ頭。こんなのはすぐ九州の中学生に目をつけられます。去年、先生が何度注意したにも関わらず生意気なカッコで行った者がいた。名前は出さないが、三谷というやつです。

こいつは九州の、身長が百八十以上の恐ろしそうな顔をした中学生十数人に囲まれめちゃくちゃボコボコにされた。まったくもっていい気味、いやかわいそうでした。

みんなはそういう先輩の悪い行いを真似してはいけない。絶対にいけない。そうなっても先生は絶対に助けない。いいか! わかったか!」

最後は青筋立てて怒鳴りだした。

しかしこの吉田、本当にバカである。

この注意をもし三谷や九州の中学生が聞いていたら、こいつこそめちゃくちゃボコボコにされるに違いない。

 

その後、なんと山の手線の乗り方の練習とか、持ち物検査とか、とにかく下らないことが延々と続いて、ようやく学年集会が終わって僕とヤマさんが水飲み場にいると、、坂下真理が寄ってきた。急激に緊張し始めた。

はたして染谷は僕達のぶしつけなお願いを承諾してくれただろうか?

 

坂下はやってくるなりこう告げた。

「美保、OKだって」

「本当か?」

「本当よ」

顔の筋肉が一挙に緩んだ。ヤマさんの顔もたぶん緩んでいた。はっきり言ってすごいことである。僕達のバンドにあの染谷美保が参加するのである。

 

僕とヤマさんがいつまでもにたにたしていると坂下が、

「それで、私も参加するわけ?」と少しあきれがちに言った。

「おうおう、もちろん! もちの、ロン!」僕は力強く答えた。

こっちとしては坂下に参加してもらわなければならない諸般の事情があるのだ。

坂下が行ってしまうと僕とヤマさんは思わず顔を合わせてにんまりとした。

フランス人形のように美しく儚い染谷美保が、僕達のバンドに参加する。

手を取り合いひとつの目標を目指す仲間となる。これが幸せといわずして何が幸せだろう。

目をつぶった。ギターを手に体育館のステージ上に立つ僕、染谷美保、坂下真理。ステージの下には憧れの瞳で熱く僕を見つめる下級生の女の子達。演奏が終わり場内が興奮のるつぼと化し、テープや花束やファンレターが飛び交い、僕は人込みにもまれながら退場する。ウワサがウワサを呼びレコード会社からスカウトマンがやってきて、だから今からサインの練習をしておかなきゃ、と、妄想は果てしなく広がっていき、僕はいつしかこの世で一番おめでたい男となっているのだった。

 

その日の放課後、さっそく第一回バンド・プロジェクト会議を持つことにした。

場所は生徒会室。メンバーは僕とヤマさんとダースコ、坂下真理に染谷美保。

開口一番、染谷はこう言った。

みなさん、誘ってくれてありがとうございます。

天使がかくれんぼしているような声だった。当然それだけで舞い上がった。

私、音楽、好きなんです。小さい頃、ピアノを習っていたから、クラシックはよく聞いたけれど、今はポップスが好きなんです、どんな曲をやるんですか?

彼女は笑顔でそう訊いてきた。

ダースコがすかさず、ポ、ポ、ポップスです。ポ、ポ、ポ、ップスをやろうと、俺ら、ずーと、そう言いあってきたんだよな、な、ヤマさん、と普段より3オクターブも高い声で叫ぶのであった。

もちろん予想がつくとは思うけれど、もし染谷が、浪曲好きなんです、といったら、ダースコは当然、ロ、ロ、浪曲だよな、浪曲やろうと思っていたんだよ、な、ヤマさん、と言うのである。

そういえば彼女、こんなことも言った。部屋でラジオを聴いていると嫌なこと、みんな忘れてしまうんです。

思わずドキッとした。

ポップスが好き、ラジオを聴く、ということは、M・Sは、やっぱり…。

が、染谷はそんな僕の動揺に気づくことなく、天使が砂遊びをしているような声でこう続けた。真理も一緒だから安心して出来ます。

よろしくお願いします。

 

すばらしき第一回バンド・プロジェクトの会合を終えた僕とヤマさんは一目散、蕪谷樹一郎の家を目指した。

こうなってはもうグズグズしていられない。

やつをどうにかしてバンドに引き入れなくてはすべてはオジャンとなってしまうのだ。

 

僕とヤマさんは蕪谷が寄宿している古い農家に着くや玄関を開け、カビくさい空気を吸い込みつつ、

『かっぶらたにくーん!』と叫んだ。けれど誰も出てこない。しかたがないので裏に回ってみた。

 

音が聞こえた。ドラムの音だった。

 

はやる気持ちを抑えつつ音のする蔵に近づくと鉄縞子窓から中を覗いてみた。

彼がいた。だだっ広い蔵の真ん中に置かれたドラムセットの前に蕪谷樹一郎が座っていた。

ヘッドホンをかけてスティックを持ってひたすらドラムを叩いていた。

正確なビートだった。

汗が飛び散っていた。目をつぶっていた。かすかに頭を振っていた。足が揺れていた。

彼は一心にドラムを叩いていた。

そんな彼を見つめているうちにいいしれぬ感動とムズムズする衝動が体の奥底から込み上げてきた。

『ジョンの魂』を聴いている時のムズムズと同じだった。いや、あれよりも強かった。

知らないうちに体が揺れ、足が動き、血管がドクドク鳴っていた。これが音楽なのだと思った。ドラムのビートを体いっぱい受けながらそう思った。ステレオの音ともラジオの音ともまるきり違う、生のリズム。

このリズムを体に受けながら自由に演奏できたらどんなに気持ち良いだろう…

と、そんなことを夢中になって考えていたら、いつのまにか音が止んでいた。

蕪谷がこっちを見ていた。彼はヘッドホンを取ると、こう言った。

 

「入れ」

 

蔵の中はひんやりとしていた。

けれどすごかった。

なにがすごいって、そこはまるでスタジオだったからだ。

カタログでしか見たことのないエレキギターやベースギターやアンプやドラムが所狭しと並べられていた。

それだけではない。

ピッカピカのコンポーネントオーディオシステムやレコード屋と見間違うほどのたくさんのレコードと、なんと、マイクが三本、それにキーボードまでが備えつけられていたのだ。

頬をつねった。全然痛くなかった。あ、夢なんだな、と思ったら、なぜかヤマさんが悲鳴を上げていた。あまりの興奮に僕はヤマさんの頬をつねっていたのだった。

 

「し、しかし、なんだ、こりゃあ」

 

ヤマさんがようやく声を絞りだした。

これまでモノ持ちとして通っていたヤマさんもびっくり仰天のモノの洪水である。

しかもモノはモノでもモノが違うのである。『巨人の星野球盤DX』とはケタが違うのである。僕達が夢にまで見て、でも手の届かなかったモノたちのオンパレードなのである。

驚きのあまり立ち尽くしていると、蕪谷はそんな僕達をニヤニヤ眺めながら、「まあ、座れ」と言った。

 

「よくここがわかったな」

「そりゃあ、わかるって。あれだけドコドコやってたら」僕は言った。

「キシダ、マコト。相変わらずカッコ悪いな」蕪谷は僕に言うと、続けてヤマさんに、

「おまえもカッコ悪いな、ジャイアント馬場」と言った。

まったく食えない男である。が、ここはぐっと我慢して、とにかく彼に協力を仰がなくてはならないのである。

ヤマさんが引きつり笑いを浮かべながら、

「なあ、原宿太郎、いや、蕪谷君」と言う。

いつものヤマさんの声ではない。まるで寅さんが憧れのマドンナの前で喋るような、うわずった声である。

「なんだ? ジャイアント馬場」

「率直に言う。今日はおまえに、蕪谷君に頼みがあってきた」

「頼み?」

「そうだ。頼みだ。なあ、蕪谷、おまえ、俺達をひとつ、男にしてくれ」

「男? そうか、おまえは女だったのか」

「いや。そうじゃねえ。俺は男だ。が、もっと男にしてくれ」と、そんなわけでヤマさんはこれまでのあらましを蕪谷に説明した。

聞き終わっても蕪谷はむずかしい顔を崩さなかった。

緊張のなか、無言の時が刻々と流れていく。

ここで蕪谷が、うん、とうなずいてくれないと僕達ははっきり言ってお手上げなのだ。

 

突然、蕪谷が席を立った。

 

僕もヤマさんもぐっと身を乗り出した。だが彼は意外にも優しい声で、

「まあ、せっかく来たんだ。ゆっくりしていけ。今、飲み物、持ってきてやる」と言い残して蔵を出ていった。

 

蕪谷がいなくなると僕は足をつねってみた。全然痛くなかった。やっぱりこれは夢なんだな、と思ってよく見ると僕はヤマさんの足をつねっていた。

 

「しかし」とヤマさんが言った。

「おう」と僕は言った。

「すごいな」とヤマさんが言った。

「そうだな」と僕が言った。

「金持ちなんだな」と僕が言った。

「恐ろしい金持ちだな」とヤマさんが言った。

 

僕はもう一度蔵のなかを見渡した。ギターがあった。エレキギターだった。

夢にまでみたサンバーストのストラトタイプだった。

そのギターに近づいて思わず僕は悲鳴を上げた。

 

「ヤ、ヤ、ヤマさん!」

「な、な、なんだ、マー!」つられてヤマさんも悲鳴を上げた。

「これ、は!」

「な、な、なんだ!」

「ほ、ほ、ほ、本物のフェンダーストラトキャスター、だ!」

僕は興奮のあまり膝がガクガクしてきた。

本物である。

夢にさえも見たこともない正真正銘のストラトキャスターである。

フェルナンデスでもグレコでもなく真のフェンダー製である。

新品ではなくいたるところ塗料が剥げかかっていたけれど、そこがまたカッコいい、そんな渋いギターなのである。

 

ベースギターもフェンダー製だった。

これまた新品ではなく、ところどころステッカーが貼ってある年季の入ったベースだった。

よく見るとここに置いてある楽器のほとんどが年季の入ったものだった。

どれも塗装が剥げかけていたりステッカーが貼ってあったりしてある。ドラムにもガムテープが貼ってある。オルガンもアンプも角のところがすり切れて白くなっている。

ある意味、そこがたまらなくプロっぽかった。中学生の持ち物とは、とても思えない。

 

僕とヤマさんはまたまた顔を見合わせた。

「しかしなんかよくわからないな」とヤマさんが言った。

「謎が多すぎるな」と僕も言った。

そんなふうに蔵の中を眺めていると蕪谷がコーラとカステラを持って戻って来た。

ヤマさんは出されたカステラを平らげながら僕に耳打ちする。

「しっかし蕪谷、けっこういいやつじゃねえか」

ところでヤマさんはカステラが大好物なのである。

「なあ、蕪谷よ」

ヤマさんは指にくっついたカステラの皮までなめると口を開いた。

「どうだ、ここはひとつ、俺達のために一肌脱いでくれねえか?」

蕪谷はにやにや僕達を均等に見ている。

「とにかくおまえの力を借りたい。力だけじゃない。楽器も借りたい。虫のいい話っていうのは当に承知だ。その上で頼んでる。この山田正義、旅人南中生徒会長、山田が頭を下げる。どうだ、一肌脱いでくれないか」

ヤマさんは真剣そのもの、蕪谷の顔をまっすぐ見つめながら答えを待っている。

沈黙が続いた。蕪谷はしきりに何か考えているふうだった。

しばらくして蕪谷は僕とヤマさんの顔をもう一度均等に眺め、ひと呼吸置くと、言った。

「わかった。手伝おう」

ヤマさんの顔がパッと明るくなった。僕も思わず歓声をあげたくなった。

「す、すると、蕪谷よ、俺達に楽器教えてくれるのか?」

「教えてやろう」

「おお、ではここにある楽器、貸してくれるのか?」

「貸してやろう」

「おお、おお、じゃあ、おまえもバンドに参加してくれるのか?」

「参加してやろう」

「おお、おお、おお、じゃあ、じゃあ、この蔵を、俺達の練習場にしていいのか?」

「いいことにしてやろう」

ここぞとばかりに、すべての要求を呑ませる交渉術。さすが政治家の息子である。

そのヤマさん、感激のあまり、涙を流している。と思ったら興奮のあまり僕がヤマさんの太ももをつねったための涙だった。

けれど涙を流してもおかしくはないのだ。

この素晴らしい機材を使って、あの染谷美保と一緒に、蕪谷のビートに乗って僕がギターをジャーンと掻き鳴らす。ボーカルマイクを握りしめ全校生の黄色い喚声を浴びる。いやあ、サイコーだ。思わずヨダレの垂れはじめた口元を手で拭った。

「ただしひとつ条件がある」僕とヤマさんが夢見心地でいると蕪谷が突然そう言って一枚の写真を取り出した。

「この写真に写っている場所を、ここに写っている道を捜してほしい。捜し当てることができればおまえ達のバンド遊びに協力してやろう」

ずいぶん古ぼけた白黒の写真だった。

季節は夏だろうか。

白黒ながら、陽光が隅々まで充満している。

荒涼とした何もない大地に、舗装されていない一本道が手前から奥まで続いている。

道の両側に軒の低い木造家屋が何軒か、へばりつくように建っていて、晴れ渡る空には入道雲、ただそれだけの写真だった。

アメリカ西部開拓時代の写真のようにも見える。砂埃と陽炎が、今にも立ち上りそうな、そんな写真だった。

 

「これは?」僕は反対に訊き返した。

「俺達が生まれた頃の写真だ。場所はこの町の近辺。どうだ、心当たりないか?」

もう一度じっくり写真を見た。

見覚えはなかった。

いくらここで生まれ育った僕とヤマさんでも自分が生まれた頃の風景まではわからない。

それにこの写真にはなんの手がかりもない。

写っているのは特徴のない道と特徴のない民家と特徴のない空だけなのだ。

 

「わからん」僕ははっきり言った。

が、ヤマさんは、「ちょっぴり、わかるようなわかんないような、当分の間はまあわからないと解釈してよいような写真だなあ」と、さすが政治家的な玉虫色の返答をした。

 

蕪谷は溜め息をつくと、

「まあ、そうだろうな、おまえ達よりずっと年上のジイさんバアさんに聞いてもわからなかったんだからな」

と言うなり、

「じゃあ、やっぱり、やめる。バンドの話はなかったことにしてくれ」

と続けて、写真をしまいだした。これには僕もヤマさんもあわてふためき蕪谷に翻意を促し、絶対にこの写真の場所を捜し出すという条件のもと、ようやくバンドの話を呑んでもらうことになったのであった。

 

「すると蕪谷、おまえはこの写真の道を捜しにやってきたってことか?」

帰り際、ヤマさんが訊いた。

だが、彼はその問いを無視し、代わりにドラムを叩きはじめるのだった。

 

 

と、まあ、以上が、『道をなくした者』がまるで蕪谷じゃないかと推測した根拠である。

すると「僕の愛した彼女」というフレーズがすごく気になってくるわけだが、しかもその彼女がすでに亡くなっているなんて、なんともミステリアスな話だが、その辺がまたいかにも蕪谷らしいといえばらしいが、さてさていったいどういうことなんだろう?

 

そんなことを考えているうちにいつのまにか番組は終わっていた。

 

今日の1位も、今だ強い『愛ある限り』。キャプテン&テニール。

 

 

 

 

 

 

chaper.7

chapter.7

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