WEB/STORY「哀しき70’s Kids」ch.4

 

WEB/STORY「哀しき70’s Kids」ch.4

 

 

 「優等生が幼なじみだと、困るんだ」

家に戻ると母親が、ヤマさんと真紀ちゃんから電話があったよ、と告げた。

えっ? と思った。

ヤマさんはともかく坂下真紀子から電話とはめずらしい。

坂下真紀子。

幼なじみである。

 

 

 

chaper.3

chapter.3

WEB/STORY「哀しき70's Kids」ch.3 「とってもイライラしているんだ。とっても」 …毎日じめじめとした梅雨空で、こういう季節は心まで沈んでしまうね。そんな時は、そう、このアメ[…]

 

 

 

 

家が隣で、母親同士もすこぶる仲がよく、だから小さい頃は兄弟のように遊んでいた。

が、そこはやはり第二次性徴を経てしだいに行き来がなくなり現在に至っている。

坂下真紀子と幼なじみ、という事実は、しばしば僕を困らせる。

なぜ困るのか、というと、彼女が完璧すぎるからである。

何事にも大雑把でアバウト、おっちょこちょいの僕に対して彼女はいつ何時も沈着冷静、正義感にあふれ、曲がったことが大嫌いという、まさに学級委員長向きの性格をしていて、事実、彼女は小学校、中学校通じてほとんど学級委員長に選ばれている。

のみならず現在は生徒会副会長、ヤマさんの女房役としてみんなのために働いている、まさに優等生の鏡のような女の子なのである。

さらには頭脳明晰。ヤマさん、染谷とともに、学年一位を争っている。

とどめは容姿だ。

どこか山口百恵似、というとすごい美人のようだが、確かに見方によっては美人なのだが、僕にすれば理知的で端正だが女の子としての魅力はいささかとぼしい、といった感じである。

まあ、彼女とはオシメの頃からのつきあいだから異性として正当に見ることができないだけかもしれないが。

だから彼女が染谷美保に次いで男子に人気があるという事実を知った時はちょっとした驚きがあった。キリッとしたところがいい、というのだ。

つまり坂下真紀子を一言で表せば才色兼備、となる。

でも、幼なじみを一言でこう言われてしまうと困るのだ。困りすぎるのだ。僕の立場を少しは考えてくれ、と声を大にして言いたいのだ。

「なんで同じ空気を吸って、同じように育っているにあんたと真紀ちゃんは月とすっぽんなんだろね」

という母親の言葉に、そりゃあ、出所が違うからだわい! とはなかなか言えない気弱な僕であった。

 

その坂下から電話、ここ数年なかったことだ。

 

多少気にはなったものの、とりあえずヤマさんに電話してみた。

するとヤマさんは一言、「来い」と告げた。

彼の電話はいつもこんなふうである。完璧に用件だけである。

 

 

「僕たちのバンドがちょっと前進をはじめたんだ」

 

 

「話は三つある」ヤマさんはおごそかに切り出した。

「みっつ…」

ごくりと唾を飲み込む僕。

「ひとつは例の原宿太郎のことだ」

「原宿太郎?」

「蕪谷だ」

そこで僕は今日蕪谷と本屋で会ったこと、万引きのこと、そして川での様子をヤマさんに伝えた。

「なるほど」

ヤマさんは僕の話におおげさにうなずくと言った。

「そうか、原宿太郎は雑誌のモデルだったのか。佐島のことを『うるさい猿』と言ってたのか。なるほど、なるほど」

「や、ヤマさん、それは違う。やつは『キーキー猿』と言ったんだ」

ヤマさんがギロリとにらんだ。

「いいか、マー。男は細かいことを気にすると大成しない、という家訓が、山田家に代々伝わっている、ということをまずおまえに伝えておく」コホンとひとつ小さく咳をしてこう続けた。

「ところでマー、俺は独自の情報網を駆使して蕪谷に関するある重大な事実をつかんだのです。いいですか?  やつは、彼は、蕪谷は…」

ヤマさんはいったん言葉を切ると、身を乗り出した僕に、こう告げたのだった。

「蕪谷は、俺んちの隣に住んでいます」

「と、となり?」

ヤマさんはあぐらを組み直して続けた。

「まあ、隣っていってもここから300mも離れてるけどな。さっきそこのバアさんが直々うちにきてな、まあよろしく頼むといわれたわけだ。あんた、生徒会長でしょうが、この地区で一番の出世頭でしょうが、あの子はお偉い方の大事な一人息子だから、もしこっちでなんかあったら私しゃ生きていけねえ、とバアさん、そこまで言うんだわ。面と向かってそう言われちまうと、俺としても責任を感じるっていうわけだ」

「お偉いさん? 一人息子?」

「つまりだ、俺の親父、この町の名士でもあり町長でもある山田半次郎によるとだ、いやあ、蕪谷の親父はすげえ有名な政治家、国会議員だそうだ」

「政治家?」

「そうよ、政治家よ」

「誰だ? その政治家って?」

「それは、知らん。ただし国会議員で苗字は蕪谷だ」

当たり前である。

「じゃあ、なんでその有名な政治家の息子がバアさんとこにいるんだ?」

「なんでもバアさん、昔の女中仲間から頼まれたって話だわ。なんでも、やつは、蕪谷は、この旅人町に来たがっていたそうだ。だから彼の父親がツテをたどってバアさんのとこに話がきた。でも、だ。そんなことより、もっとすげえ情報が、ある。あの男は、できる」

「ちょっと待った。ヤマさん、情報が多すぎて頭が追いつかない。まず、蕪谷は、この旅人町に来たがっていた。それでいいか?」

「そうだ。やつはこの旅人町に来たがっていた」

「なぜ?」

「それは知らん。バアさんも理由は言ってなかった。まあ、隠した、というより、本当に知らないんだと思う」

そうか。

旅人町に来たのは、やつの、蕪谷の意思だったんだ。無理やりではなかったんだ。

しかし、まったく謎な男だ。

こんな何もない田舎町に何の用があるのだろう?

「わかった。ヤマさん、じゃあそこはちょっと置いて、で、やつは、何ができるんだ?」

「マー、驚くなよ」

「たいがい、もう、蕪谷に驚きすぎだ。今日は。だから大丈夫だ。やつが実は料理の達人だったとしても驚かない。やつの作る八宝菜が絶品なのか?」

「楽器だ」

「楽器?」

「バアさんがたんと自慢してたけど、奴さん、ギターはおろか、ベースもキーボードもドラムさえできるみたいなんだ」

「ドラムも?」

「おう、東京からギターやらドラムやらとにかく楽器をたくさん蔵に運んでな、毎日そこでドンドカやってるちゅう話なんだわ」

「ヤマさん、それ、本当?」

「本当だとも。で、だ、俺らがもう何年も前からバンド、バンドって騒いでも一向に実現しないのも、結局は楽器弾けるやつが一人もいないからだろ。誰か一人でも弾けるやつがいれば一気に技は上達するだろ。つまりは、そういうことだろ」

「あいつから教わるのか?」

「そういうことだ」

機械のような、人をバカにしたような蕪谷の声が、浮かんで消えた。

「そんなこと頼んだら、何言われるかわからないぞ。なんたって、あいつ、俺らを心底バカにしてるから」

ヤマさんが、まるで愚かな猿を愛おしむ飼育係といった、慈愛のこもったまなざしで僕を見つめる。

「いいですか、人生は当たって砕けろ、感情殺して実を取る、なんです。俺の父でもあり、この町の名士でもあり、町長でもある山田半次郎はいつもそう言ってます。これは山田家の家訓です」

ヤマさんはひとり大きくうなずき、こう続けた。

「まずこれが第一の話。次はダースコについてだ」

「ダースコ?」

「なあ、マー、最近のダースコについて、どお思う?」

「どお思うって?」

「あいつ、今日も部活、休んだろ」

確かに最近ダースコはちょくちょく部活を休むようになっていた。それも無断で休む。いわゆるズル休みである。放課後になるといつの間にかいなくなってしまうのだ。

「去年卒業した三谷にくっついて遊んでる、との情報が入ってきた」

三谷とは去年の学校祭をめちゃくちゃにし、バンドという素敵なものの評判を地に落とした輩である。

のみならず、手作りのヌンチャクで他中学の不良をめった打ちしたのも彼だったし、無免許でバイクを運転し自ら足の骨を折る事故を起こしたのも彼だった。このあたりの悪ガキにシンナーを覚えさせたのも彼である。

もちろんそんなことばっかりやってきたから高校に行けるわけがない。今はテキヤの下っぱとなって街道筋の屋台で大判焼きを売りつつ、この町はじまって以来の暴走族を率いて週末にはよく警察と鬼ごっこをしている。

その伝説凶暴男三谷とダースコが遊んでいる?

「信じられない」僕は思わず言った。

「でも本当なら、すこぶる心配だ」

「ああ、心配だ、すこぶる」ヤマさんもうなずいた。

結局この件は直接ダースコに訊いて、もし本当なら忠告しようということで話がまとまった。

「最後の件だ」ヤマさんは少し力を入れて言った。

「何があった?」

「えっ?」

「いや、マー、おまえ、最近、何かいいこと、あったろ? 言ってみ。親友だろ」

ヤマさんがじっと見つめている。

ヤマさんの眼は、こう言っちゃなんだが、その巨漢に似合わずとてもキレイで、言うなれば少女マンガ系の眼をしている。その眼で見つめられたら、これはもう告白するしかないのである。

仕方なくラジオの一件を話した。つまり謎のM・Sさんの、3年2組マコトくんへの愛の告白の件である。

ヤマさんはウンウンうなずきながら聞いていた。

聞き終わるとこう断言した。

「そのマコトくんっちゃ、それは、おまえだ」

あまりの確信ぶりに、なぜ? と訊き返した。

「いいか、マー。俺の親父、名士であるとともに山田家当主、山田半次郎、つまり私の父だが、彼はよくこう言う。男は必ず勝負に出なければならない時がある。その時は、情報も大切だが、最後に頼れるのは自分の勘だ、とな。勘の鋭いやつほど成功するとな。それが山田家の家訓である。俺もそう思う。そして俺は申し訳ないが、勘が鋭い」

「じゃあ、だ、そのマコトくんが俺だとしたらだ、M・Sなる女の子は誰だ? ヤマさんの、その鋭い勘、によると?」

心なしか自分の声が震えているのがわかる。ヤマさんは僕の顔を例の少女マンガ眼でじっと見つめている。心臓がドキドキしはじめた。

けれど彼はずいぶん経ってからこう言うのだった。

「そんなの、わかるわけ、ない」

 

 「電話は一家に一台、茶の間にあったんだ」

 

 

帰ってきた時にはすでに家全体が寝静まっていた。

といってもまだ9時ちょっと過ぎだが。

僕の家は就寝時間が早い。

午後7時から夕食、8時からはだいたいプロレスか野球がテレビから流れていて、その時はバアさまと父親が少しばかり興奮して、交代で風呂に入り、9時になると茶の間から誰もいなくなり、それぞれ自分の部屋に行く。大人は就寝する。高校生の姉は何をしてるかわからないが、とりあえず自分の部屋に籠もる。僕も同様、籠もる。そんな生活が365日ほとんど変わることなく繰り返されるのが我が家である。

だから今日も茶の間には誰もいなかった。

ぬくもりがまだ残る茶の間で、窓から入りこむ月明りを頼りに受話器を取った。坂下に電話しようと思ったのである。

ちなみに補足しておくと、1975年の世界線でいくと、電話は一家にひとつ、もちろん固定電話ダイヤル式、しかも、衆人環視の茶の間か、玄関先にあるのが普通なのである。

うちは、運の悪いことに茶の間に電話があった。

だから、本当は茶の間に誰もいない今が、たとえ幼馴染とはいえ、一応年頃の異性に電話するのには都合がいいのだが、結局、電話はしなかった。なんとなく気後れしてしまったのだ。

まあ、明日だ、そう思った。

パジャマに着替えて寝床に入った。

今日は全然勉強しなかったけれど、ま、いいか。なんたって入試までは、まだ九か月もあるんだ。

目をつぶるといろいろな想いが溢れてきた。

とにかく蕪谷樹一郎に関して、凄まじいほどの情報が一瞬にしてもたらされ、まだ全然整理ができていない。

いつもなら寝床に入って最初に浮かぶのは染谷美保の笑顔である。

すると、いつもヨダレが溢れてくる。

口に締まりがなくなる。

染谷美保を思い出しつつヨダレを垂らし、いつしか心地好い眠りに吸い込まれていくのである。

可愛いなあ、染谷、美、保、は、な、あ…と、こんな感じで。

 

けれど今日は違った。

染谷の可愛い顔ではなく蕪谷の傲慢な顔が浮かんできた。

そういえば彼はこう言った。

…おまえはなぜ学校へ行く?

あの時はからかわれたと思ったけれど、もしかしたら、蕪谷は本気でそう訊いたのかもしれない、なぜか急にそんな気がしてきた。

それに「怖い」という言葉。

悲しそうな瞳。

雑誌『ポッププレス』。

モデルだったんだ。どおりでオーラが違った。

蕪谷は、あの雑誌を待ち望んでいた、と言っていた。でも憎んでいる、とも言っていた。

不思議な男だ。まったく不思議で謎だらけの男だ。

しかも、楽器ができる?

それも謎だ。

学校にも行かずに楽器で遊んでいるのか?

しかも、この旅人町に来たのは、連れてこられたのではなくて、自分の意思?

やつは何しにこんな、何もない辺鄙な田舎にやってきたのだろう?

謎だらけだ。

いつしか睡魔にたぐり寄せられていた。

でも、案外、いいやつなのかも、

そんな気もしてきた。

憎まれ口を叩きながらも、蕪谷は、確かに泣いていたんだ。

泣きながら、怖い、と言っていたんだ。

そんな姿を、衒いもなく僕に見せてくれたんだ。

川をずっと見つめられる人に悪人はいないような気がする。

悪人どころか、善人しかいないような気がする。

 

落ちゆく意識のなかで、僕は蕪谷に会いたいと思っていた。

もう一度会いたい、と。

 

 

 

chaper.5

chapter.5

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