現場から見たプログラミング教育 〜子供にとって本当に必要なプログラミング教育とは?Vol.1

現場から見たプログラミング教育〜子供にとって本当に必要なプログラミング教育とは?Vol.1

 

長らく教育現場にいた視点からお届けする「現場から見た」シリーズ、

今回は、

プログラミング教育のリアル

です。

 

2020年度から始まった新学習指導要領、それに伴って、新しく導入されたのが、「小学校におけるプログラミング教育」です。

その「プログラミング教育」が、実際、現場でどのような扱いを受けているか、そもそもプログラミング教育とは? また、本当に子供たちに必要なプログラミング教育とは、といった視点での本記事、

ポイントをまとめると以下になります。

 

そもそもプログラミング教育のねらいとは

子供たちにとって、本当に必要なプログラミング教育とは

 

そもそもプログラミング教育のねらいとは?

 

2020年度より本格実施された新学習指導要領の目玉のひとつが、このプログラミング教育です。

けっこう、話題になっているので、知っている方も多いと思います。

子育て世代は、特に敏感なように感じます。

小学校からプログラミング?

じゃあ、うちの子も何かやらなくちゃ。。。

といった声も、聞こえてきます。

でも、本当のところはどうなのでしょうか。

 

 

学習指導要領では、プログラミング教育はどのように書いてあるの?

 

日本の学校の教育活動は、すべて、文部科学省が発行する「学習指導要領」に則って、展開されています。

ちなみに、この学習指導要領、値段はとても安いです。

それはさておき、

その学習指導要領の最新版が平成29年告示、というものです。

小学校では令和2年度から、中学校では令和3年度から完全実施になっています。

今回の改定では、道徳科や外国語科の創設や、「主体的で深い学び」など、いろいろな改定があるのですが、

このプログラミング教育は、けっこう脚光を浴びています。

その理由としては、分かりやすい、ということがあると思います。

道徳科の創設、といわれても教育プロパーのヒトなら、これまでとの違いとか、重要なのですが、

普通のヒトから見たら、だって、昔から道徳ってあったじゃん、といわれるのがオチです。

外国語科も、すでに前の学習指導要領で、外国語活動が必修になっていたので、新鮮味はありません。

「主体的で深い学び」と言われても、はっ? となるのがオチです。

でも「プログラミング教育」が小学校から始まる、と言われると、

そうなの、じゃあ、うちの子、まだ幼稚園だけど、プログラミング教室にでも通わせようかしら、

となります。

「プログラミング教育」という言葉に、新しさ、そして将来に向けた光、みたいなものがあるからです。

 

学習指導要領にはこう書かれています。

各教科等の特質に応じて、次の学習活動を計画的に実施すること。
ア 児童がコンピュータで文字を入力するなどの学習の基盤として必要となる情報手段の基本的な操作を習得するための学習活動
イ 児童がプログラミングを体験しながら、コンピュータに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を身に付けるための学習活動
【小学校学習指導要領(平成29年告示)第1章 総則】

 

 

さらにこう書かれています。

「プログラミング的思考」(自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、ひとつ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、といったことを論理的に考えていく力)

【小学校指導要領(平成29年告示)解説 総則編 平成29年7月】

 

さらにこう書かれています。

(上記の力を育むために)小学校で段階において学習活動としてプログラミングに取り組むねらいは、プログラミング言語を覚えたり、プログラミングの技能を習得したりといったことではなく、論理的思考力を育むとともに、プログラムの働きやよさ、情報社会がコンピュータをはじめとする情報技術によって支えられていることなどに気付き、身近な問題の解決に主体的に取り組む態度やコンピュータ等を上手に活用してよりよい社会を築いていこうとする態度を育む

 

ということで、小学校プログラミング教育のねらいをまとめます。

 

プログラミング教育のねらいは

 

論理的に考えていく力
プログラムの働きのよさに気付く
社会が情報技術に支えられていることに気付く
コンピュータをうまく活用して、身近な問題を解決していく態度を育む

 

 

どうしてプログラミング教育が導入されたか、については、文部科学省が用意した以下の動画を見ると、だいたいのところが掴めます。

 

 

この動画を、僕なりに、まとめるとこうなります。

 

 

今後、世の中はどんどん変わる。鉄腕アトムの、あるいは、2001年のスピルバーグ映画「A.I」のような世界に。
すでに身の回りには、コンピュータ(プログラミング)で溢れかえっている。
でも、人々はそのことを意識していない。
だからこそ、子供たちに、コンピュータ(プログラミング)を学んでもらうことが必要。
ただし、学ぶべきは「プログラミング的思考」。
「プログラミング的思考」とは、
論理的に考える力。

 

 

 

さて、、、

「10年後なくなる職業」というのが一時期話題になりました。
これはオックスフォード大学のオズボーン教授の2013年のレポート(論文)に拠っています。
その論文および経緯は、以下のサイトにわかりやすく紹介されています。

 

 

 

 

Frey & Osborne論文の概要

この論文では、702の職業について、コンピューター技術の進歩によって近い将来に自動化される可能性(リスク)を分析しています。最後のまとめの部分(44頁以下)を要約すると、以下の通りです。

・10~20年程度のうちに自動化される可能性が高い(70%以上)仕事は、全体の47%。
・運送や物流に関連する仕事は大半が消滅する。
・サービス業もかなりの部分が消滅する。
・今後労働市場で生き残っていくためには、高いcreativityとsocial skillが必要。

 

 

ということで、このレポートをもとにした記事が巷で話題になったり、なくなる職業ランキングなどが出たり、と、けっこうセンセーショナルに喧伝された時期がありました。
確かに、AI、そしてロボット化で、今後さまざまな変化が社会の、いたるところであると思います。
実際、2020年は、将来、デジタル化元年と呼ばれるかも知れないほどの地殻変動を今、僕も含めてみんなが経験しています。
在宅ワーク、オンライン飲み会、オンライン授業、、、、。
すべては感染症対策として止むに止まれず、ということだったのですが、
もしかしたらこうしたことが、近い未来、定着していき、
すると消えていく職業も確かにあるのかもしれません。
近くのスーパーのレジがどんどんセルフ化されています。
いつしか、レジ係、というヒトはいなくなるかもしれません。
かつての駅員のキップ切りのヒトのように。
そしてそれが、いわゆる、「Society 5.0の社会」であって、
今の子供たちは、そこに、好むと好まざるとにかかわらず、近い将来、入っていくのです。

 

 

Society 5.0 説明図

Society 5.0とは

サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)

狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。

出典:内閣府HP

 

 

ということで、、、、、
たぶん重要なのはひとつひとつの職業を取り上げて、なくなる、なくならない、の選別をすることではなく、
そしてオズボーン教授のレポートの真意もそこにあるのではなく、
重要なのは、
そうしたAI社会(Society 5.0の社会)の到来に向けて、

 

 

今、子供たちにつけておかなければならないスキルはなにか

 

 

ということだと思います。

 

 

もちろん、オズボーン教授も、すでに答えは用意してあります。
・今後労働市場で生き残っていくためには、高いcreativityとsocial skillが必要。

 

そうなのです。

これからの子供たちにつけるべき資質・能力は、

高いcreativityとsocial skill

 

と書いてあるわけです。

 

では、高いcreativity、social skill とは、いったいどういうことでしょうか。

とても分かりやすいので、またもやサイトの文を引用させてもらいます。

 

クリエイティビティについて

 

新しいアイデアやものを作り上げる能力ですね。

出典:「バイリンガル、育成中」

 

ソーシャルスキルについて

 

この論文でいうsocial skillというのは、他人と交渉したり、他人を説得したりする能力、いわゆるコミュニケーション能力をいいます。

出典:「バイリンガル、育成中」

 

 

高いクリエイティビィとは、新しいものやアイディアを作り上げること、なのですが、ただし、ここで指摘されていることは、ゼロから作り上げる力ではなく、さまざまな情報を取捨選択して、あるいはまとめ上げて、そこから、新しい価値、未だ見ない価値を生み出していく、そういう力なのだ、と思います。

 

そして高いソーシャルスキルとは、チームで成し遂げていく、その交渉力、またはコミュニケーション力、調整力、そうした力なのだと思います。

 

この二つのスキルは、まさに、今度の学習指導要領が求めている資質・能力と一致します。

さらにいえば、

これはまさに、今のIT業界で求められている人材像と、まったく一致します。

まったくの無から、世界を変えるような、たとえば、Winnyの発明者、金子勇氏のような天才を作り出すためではなく、

これからの社会が必要になる人材を育成するための、第一歩が、小学校でのプログラミング教育導入なのだろうと思います。

 

 

ということで、これからの子育てで、我が子に身につけさせたいスキルをまとめます。

 

高いクリエイティビティ(創造力)

高いソーシャルスキル(人間関係力)

 

プログラミング教育を学校の外から眺めると

 

「AI vs.  教科書が読めない子どもたち」(新井紀子著 東洋経済新報社 2018)

 

ここで、2冊、本を紹介します。

1冊目は、「AI vs.  教科書が読めない子どもたち」です。

ベストセラーにもなり、さきほど紹介したオズボーン教授のレポートにも言及していて、また、「AIは東大に入れるか」の惹句で一斉を風靡した本です。

この本は、AI の可能性と限界に言及しています。

同時に、人間の可能性と、今の教育のダメなところにも言及しています。

 

そして、今の子供たちが、大人になった頃の近未来の、人間とコンピュータとの関係について予想しています。

その主旨をまとめると以下のようになります。

 

人間がコンピュータに勝つ唯一の財産、読解力をしっかりと磨き、世の中の困っていることを見つけ、人間にしかできないことを考え、実行にうつしていくことが、みんなの幸福につながる

つまり、この本で、子供たちが身に付けるべき能力は、これだ、と示しているわけです。

読解力

課題発見力

問題解決能力

実行力

 

 

(スポンサーリンク)

 

 

 

 

 

「プログラミング教育はいらない」(岡嶋裕史著 光文社新書 2019)

 

もう一冊は、「プログラミング教育はいらない〜GAFAで求められる力とは?〜」です。

 

この本にも、今の子供たちが付けなければいけない資質・能力が明確に書かれています。

論理的思考能力

問題解決能力

プロジェクトマネジメント能力

コミュニケーション能力

そのことを筆者はこんなふうに書いています。

そもそもプログラミングの結果として産み落とされるアプリケーション・ソフトウェアとは何かの問題を解決するために作られるものだ。

ー中略ー

だからプログラミングとは、問題を設定・分析し、その解決策を実行するためには、どのような資源、資金、人員が必要なのかを弾き、チームを整え、スケジュールや予算や体調を管理し、喧嘩が起こらないように各所に気を遣い、殴り合いでお始まった日には仲裁まで行、完成の暁には打ち上げの手配にまで駆けずり回る、そうした能力の総体である。

同書 P12より抜粋

 

どうでしょうか。

結局、専門家の結論は、とても、人間臭い、のです。

つまり、「プログラミング的思考」とは、

カッコよくプログラミングをカタカタ書くことが本質ではなく、

「人間力」を高めることに他なりません。

 

とは、いえ、この2冊の本は、コンピュータを否定しているわけではありません。

コンピュータと人間の共存は、すでに前提条件です。

ですから、コンピュータの基礎を、子供時代から、身に付けることも否定していません。

どころか、やはりコンピュータの基礎である、「プログラミング」を学ぶことの大切さを説いています。

 

岡嶋氏は、こう書きます。

 

プログラミングとは、異文化とのコミュニケーションなのだ。

同書 P115

 

さらにこう書いています。

プログラミングという作業は、極めて逆説的だが、高度なコミュニケーションだと思うのである。

同書 P178

 

さらにさらに、本書からの孫引きですが、スティーブ・ジョブズの言葉を引用します。

アメリカ人は全員コンピュータのプログラミングを学ぶべきだと思うね。なぜなら、コンピュータ言語を学ぶことによって考え方を学ぶことが出来るからだ。ロースクールに行くようなものだよ。全員が弁護士になるべきとは言わないけれど、現実にロースクールに通うことは人生に役立つはずだ。一定の方法で物事の考え方を学べるからね。

(スティーブ・ジョブズ1995〜失われたインタビューより)

同書 P181


(スポンサーリンク)

 

 

 

ちなみに、僕は、このプログラミング教育の小学校導入に合わせて、自分でもプログラミングを勉強しました。

3ヶ月、毎日、プログラミングしかしませんでした。

最初、エディターの使い方さえ分からなかったのですが、3ヶ月後は、とりあえず、模写が出来るようになり、また、ハンバーガーメニュー付きの簡単なサイトが作れるようになりました。

すると世界が変わったのです。

かつて、呪文だったHTMLは、一つの言語として、「読める」ようになりました。

かつて、まったくのブラックボックスだったインターネットが、

どのような原理で、動いているのかが、とりあえず理解できるようになりました。

こうしたブログも、ただ、表面上に、文章を書いて、写真を貼り付けるだけではなく、その後ろで動いているプログラミング言語を「読解」できるようになりました。

そう、何度もいいますが、プログラミングを、たった3ヶ月ですが、学んだことで、「世界が確実に変わった」のです。

自信、と言い換えてもいいかもしれません。

プログラミングを学習しているとき、時間を見つけて、ひたすら先輩プログラマーが発信しているyoutubeを観ました。

彼らが異口同音に言うことは、

「プログラマー」は、「考えている時間が8割、実際に手を動かしている時間が2割だ」ということです。

つまり、問題を解決するために、つまり、思考している時間、または、調べている時間に、多くの時間を割いている、

極論をいえば、手を動かす、実際にプログラムを書く、コーデングするのは、他の人でも、あるいは、マシンでもいい、ということです。

 

僕は、かつて小説で、賞をもらいました。

小説もそうです。

文章、というのは、最後です。

ほぼ一日、考えています。

あるいは、資料を読み込んでいます。

 

そして考えが、腑に落ちたら、

ビジョンが明確になったら、

はじめて、書き出すのです。

 

もちろん、最初の最初は、

プログラミングも、小説も、基本的なスキルは必要です。

 

でも、一番は、アイディアです。

思考です。

 

公募小説の下読みもたくさんしました。

文章に、少し瑕疵があっても、素晴らしいアイディア、あるいは、筆者のオリジナルな想い、オリジナルな哲学のある小説は、残ります。

すごく素晴らしい文章でも、

そこに何もなければ、または借り物の思いのものは、落ちます。

 

もちろん、小説には、文学には、文体も、とても大切です。

 

でも、、

 

文体というのは、やはり、それは、文章のスキル、技術、ではなく、

 

思考、つまり、作者の創造性に依るものです。

 

文体も、思考なのです。

 

 

プログラミングも結局は、そこなのだ、と思います。

だから、僕は、3ヶ月、プログラミングを集中的に勉強して、こう感じました。

 

プログラミングは、言語だ

 

 

もちろん、プログラミング言語、という言葉があるとおり、

もともと、プログラミングは言語です。

でも、自分で、悪戦苦闘しながら学ばなければ、

それは、実感として体験できなかったと思います。

 

言語ということは、実はそんなに構えなくてもいいのです。

 

赤ちゃんはいつの間にか、その国の言葉を覚え、話すようになります。

小学生は、いつの間にか、その国の言葉を書けるようになります。

留学した学生は、いつの間にか、留学先の言葉を話すように、読めるようになります。

 

プログラミングも、そういうことです。

 

いつも、プログラミングに触っていれば、

 

いつかは、その意味がわかり、自分の意図することが、プログラミングで書けるようになります。

ただ、それだけのことです。

 

ただし、言語、ということは、それだけでは、ないのです。

 

誰もが、言語を操れます。

けれど、

言語を、ただ、操れるだけです。

 

もし、言語に価値を与えようとすると、

 

そこには、思考が、必ず、必要です。

プログラミングも、

 

結局は、そういうことです。

 

そういう意味で、

 

プログラミングなんて、本当は、すごく簡単なのです。

 

そして、すごく難しいのです。

 

 

だから、小さい頃は、

とにかく習えばいいのです。

習う、というより、触っていればいいのです。

ただ、それだけのことなのです。

すると、いつしか、プログラミング言語で、話せる(書ける)、意味がわかるようになります。

それは小さいうちからの方がいいです。

だからプログラミングも、英語も、今回の学習指導要領から、小学1年生から必修になったわけです。

 

とはいえ、何度もいいますが、ここで誤解しないでください。

 

それは、単に、プログラミングが、書ける、読める、ようになっただけです。

 

そこから、本当に必要なことが始まるのです。

それが、

問題解決能力だったり、コミュニケーション能力だったり、するわけです。

 

また、もうひとつ、誤解しないほうがいいことがあります。

 

それはゲームとプログラミングは、まったく、違う、ということです。

 

ゲームは、いくらやっても、何も生まれません。

 

なぜなら、ゲームとは、誰かがプログラミングしたものを、ただ、なぞっているだけだからです。

 

でもプログラミングは、違います。

 

プログラミングの大元には、クリエイティビティが、あります。

 

創造力、です。

 

プログラミングは、何かを創造する行為です。

 

ですから、いいのです。

 

ですから、自分の子供には、、できれば、パソコンを与えてください。

タブレットでもいいのですが、僕の好みとしては、やっぱりパソコン、それも、できればMac。

なぜなら、Macのほうが、シンプルで、わかりやすいから。

でも、これはあくまで、僕の個人的な好みなので、もちろん、タブレットでもWindowsでも、もちろん オッケーです。

 

ただし、インターネットへの接続は、厳重に管理した上で。

 

しかも、そこにいれるアプリは、親がしっかりと選別したものを。

 

そうした子供に有益なアプリ(ソフト)については、別記事で深掘りしたいと思います。

 

 

ゲーム機は、できれば、ちょっと待ってもいいでしょう。

 

ゲーム機は、受動でしかないので。

 

小学1年生から、自分のパソコンがある幸せ、は、

 

たぶん、大人になって、わかるでしょう。

 

ということで、

 

最初にも書きましたが、「プログラミング教育」という言葉には、華があります。

自分の子供、スティーブ・ジョブズになるかも、という、

なんというか、そうした可能性を感じさせるワードなのだと思います。

そして、これまで見てきたように、この「プログラミング教育」が小学校段階から導入されたことは、とても重要であり、その方向性は大賛成です。

なぜなら、今後、世界は、ますますコンピュータとの共存がなされていくからです。

そうしたなか、すべての子供たちが、ちょっとでもコンピュータの中身について知っておくことは、

たとえ、それが、将来の職業に結びつかなくても、ある種の常識として、知っておくことは、とても大切、と思います。

 

プログラミング教育のねらいは「プログラミング的思考」を育てること

「プログラミング的思考」とは、以下の資質・能力の総体

・問題発見能力

・問題解決能力

・プロジェクトマネジメント能力

・コミュニケーション能力

プログラミングは、言語、だから小さい頃から学んで、損はない

というか、これからの子供にとって、プログラミングを学ぶことは、英語と同じで、必要不可欠

 

もし、自分の子供にゲーム機を与えようか、迷っていたら、パソコンを与えましょう

 

 

合わせて読みたい

実際、プログラミング教育は学校でどうやっているの?子供にはやっぱりscratch? 〜現場から見たプログラミング教育〜vol.2 別記事「現場から見たプログラミング教育 〜子供にとって本当に必要なプログラミング[…]